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東京地方裁判所 昭和44年(行ウ)227号 判決 1977年1月24日

原告 森鋼平

被告 関東信越国税局長 ほか一名

訴訟代理人 玉田勝也 渋川満 押切瞳 鳥居康弘 ほか三名

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事  実 <省略>

理由

第一被告署長に対する請求

一  請求原因1、2(本件各処分の経緯)については当事者間に争いがない。

二  本件再更正処分のうち、本件建物にかかる譲渡所得金額および本件売渡土地と本件建物にかかる不動産所得金額を除き、その余の税額算出の根拠項目については当事者間に争いがない。

そこで被告署長のなした本件再更正処分のうち右譲渡所得金額および不動産所得金額の算出につき、原告の主張の違法が存在するか否かについて判断する。

1  譲渡所得について

原告が昭和二七年一二月三一日以前に本件建物を取得し、これを所有していたこと、本件土地区画整理事業の施行に伴い昭和四〇年六月一五日原告が本件建物を取りこわさなければならなくなり、原告が静岡市から本件建物の移転補償金名目で三二三、五〇〇円の支払いを受けたことは当事者間に争いがない。

右の争いのない事実と<証拠省略>を総合すると、次のとおりの事実が認められる。

原告は、本件土地区画整理事業の施行に伴い、本件建物の敷地を含む原告所有の静岡市西草深町七二番、七三番の土地につき昭和三一年一二月、施行者である静岡市より仮換地の指定を受けたが、その結果本件建物の一部(一坪)が仮換地の外に位置することになつたため、本件建物を除却または移転しなければならないこととなつた。ところで施行者である静岡市における損失補償基準によれば、建物については移転を原則としているのであるが、本件建物については、一坪が仮換地からはずれるところから、同市は、昭和四〇年八月七日一坪分について除却相当と認め、残余の部分については曳去移転が相当であるとして、除却費一七、五〇〇円、切取面補修費二五、〇〇〇円、内部改造費一八、七五〇円、曳去移転費用一四〇、六一九円、その他工作物、雑費等の補償名目で合計三二三、五〇〇円を原告に対して支払つた。ところが、原告は、本件建物の曳去移転を行なわずに右建物全部を取りこわし、その費用に二七、〇〇〇円を要した。

以上の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

原告は、前示のとおり取りこわしたのは本件建物の全部であり、静岡市から支払いを受けた三二三、五〇〇円は右取りこわし経費、門、塀等の経費として支弁したので本件建物については譲渡益は生じていない旨主張する。

しかしながら、本件土地区画整理事業の施行に伴い原告において本件建物について譲渡益を得たか否かは、あくまでも本件建物のうち除却を相当とするとされた一坪分を収用による資産の譲渡とみて、その対価補償金たる除却費一七、五〇〇円が総収入金額として計上されるべきものである。したがつて、譲渡益の算出にあたり右の総収入金額から控除されるべき譲渡資産の取得費および譲渡に要した費用も右一坪分にかかるものでなければならないことはいうまでもないところである。そうとすれば、原告が、本件土地区画整理事業の施行に際して本件建物全体を取りこわし、そのため前記認定の二七、〇〇〇円を要したとしても、それは右区画整理事業の施行を機会に原告自らの判断と費用において支出したものというほかはなく、右取りこわし費用全額を譲渡に要した費用として控除すべき謂れはないというべきである。

したがつて、また、原告において門、塀およびブロツク工事施行等のために支出した費用が、本件建物譲渡に要する費用に当たるとも到底解せられない。

原告の前記主張は失当である。

そして、右の総収入金額から控除されるべき一坪分の取得費および譲渡に要した費用(取りこわし費用)は<証拠省略>によれば被告署長の主張3(二)のとおりであつて、これによつて算出される右一坪分の譲渡益は一一、六八五円となる。

したがつて、本件売渡土地および本件建物についての譲渡所得金額は、当事者間に争いのない本件売渡土地の譲渡益三、一七一、四八五円と本件建物の右判示の譲渡益一一、六八五円との合計額三、一八三、一七〇円を譲渡益とし、被告署長の主張3(四)のとおりの方法により算出される一、五一六、五八五円となる。

2  不動産所得について

原告の昭和四〇年の確定申告にかかる不動産所得の金額が、四五六、四六〇円とあることは、当事者間に争いがない。

(一) 本件売渡土地の減歩について

原告は、本件土地区画整理事業の施行に伴う土地の減歩が所得税法五一条一項に規定する資産損失に該当するので、減歩によつて受けた損失分を不動産所得の金額の算定にあたり必要経費として控除するべきであると主張する。

しかしながら、原告の右主張は土地区画整理事業の制度の趣旨、目的に反し、到底採用することのできない独自の見解といわざるをえない。すなわち、土地区画整理事業は都市計画区域内の土地について公共施設の整備改善および宅地の利用の増進を図るため、土地区画整理法に従つて行なわれる土地の区画形質の変更および公共施設の新設または変更に関する事業であり(同法二条一項)、右の目的に沿つて、施行区域内の従前の宅地およびその上に存する借地権等の権利は、それぞれ土地区画整理事業によつて整備された宅地の上に移行されるが、あわせて、道路、公園、広場、河川、運河等の公共施設の整備、改善がはかられるため、新たに指定、配分される(仮)換地の地積は、新設または拡幅される公共施設用地の地積相当分だけ通常減少することとなる。その反面、土地区画整理事業施行の結果、公共施設が整備改善され、宅地が整然と区画されることにより単位面積あたりの利用価値は、(仮)換地の方が従前の宅地よりも増進し、そのため通常は減歩による損失は生じないということができる。しかも、施行地区内の宅地相互間に不均衡が生じた場合には清算金の交付により(同法九四条)、また本件のような地方公共団体等の施行に基づく土地区画整理事業において施行後の宅地価額の総額が施行前の宅地価額の総額に比して減少した場合には減価補償金の交付により(同法一〇九条)、損失がまかなわれる筋合のものである。したがつて、本件土地区画整理事業の施行によつて(仮)換地の地積が従前の宅地のそれより減少を来たしても、(仮)換地は従前の宅地と経済的に等価値であるか、あるいは等価値でない場合には清算金、減価補償金でまかなわれるべきものであるから、いずれにしても原告につき本件土地区画整理事業により所得税法五一条一項に規定する資産の損失が生じたと解することはできない。

原告の前記主張は失当である。

(二) 本件建物の取りこわしについて

原告は、本件土地区画整理事業の施行に伴い本件建物を全部取りこわしたが、右取りこわしは所得税法五一条一項の取りこわしにあたるから、本件建物の取りこわし当時の固定資産税評価額一二九、一七〇円を資産損失として不動産所得の金額の計算上、必要経費として控除すべきであると主張する。

ところで、原告が本件土地区画整理事業の施行に伴い本件建物の全部を取りこわしたことは前記認定のとおりである。そうとすれば、所得税法五一条一項または四項を適用するにあたつては、本件建物の全部が取りこわされたものとして、それにより生じた損失の金額を先ず算出すべきものである。

本件建物につき右の損失金額を算出すると<証拠省略>によれば、原告の反論2に対する被告署長の再反論2(二)において被告署長の主張するとおりの算出方法によつて、一一九、〇八八円となるべきものである。

しかしながら、所得税法五一条一項、四項に規定する資産の損失金額には、保険金、損害賠償金その他これらに類するものにより補てんされる部分の金額および資産の譲渡によりまたはこれに関連して生じたものが除かれることは規定上明らかであるところ、原告は前記認定のとおり本件土地区画整理事業の施行に伴い、施行者である静岡市から、本件建物の一坪分の除却費として一七、五〇〇円、切取面補修費二五、〇〇〇円等合計三二三、五〇〇円を土地区画整理法七八条に基づく損失補償金として受領しているものである。

右補償金額は、右のとおり本件建物の全部除却に対するものではないけれども、そうとしても所得税法五一条一項、四項の適用にあたり控除されるべき全部除却による損失金額が前記認定のとおり一一九、〇八八円を正当とする以上は、右条項の適用上は、右損失金額はこれを超える右補償金額によつて補てんされているものと解するのが相当というべきである。そうとすれば、原告においては、本件建物に関して、結局、所得税法五一条一項、四項の規定する資産の損失は生じていないこととなるものというべきである。

原告の前記主張は失当である。

(三) したがつて、原告の不動産所得金額の計算にあたり総収入金額から控除されるべき必要経費は存在しないから、その所得金額は前記争いのない総収入金額と同額の四五六、四六〇円である。

3  そうすると、被告署長のなした本件再更正処分は、以上判示した所得金額の範囲内でなされているものであつて、右処分には原告主張の違法は存在せず、適法なものといわなければならない。

第二被告局長に対する請求

被告局長のなした本件裁決につき、原告は固有の瑕疵と目される主張を何らしていないので、被告局長の本件裁決が違法であるとする原告の請求は失当といわざるをえない。

第三よつて、原告の被告らに対する請求をいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 内藤正久 山下 薫 飯村敏明)

別紙(一)、(二)、(三)、(四)<省略>

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